今、作るならどんなものが欲しいか。形は今までcarapaceで作ったものでかなり満足しているところがありました。
「一生使える」。そう考えたときに、ワクワクして開発にとりかかりました。
今までも長く使えるものを考えてきましたが、一生のスケールには及んでいません。
carapaceを約5年間続けて素材の変化、修理のしやすさなど、様々なことを観察してきました。
そういった経験がやっと「一生使えるもの」を作っていこうと思えるまでに蓄積されました。
そして、革のショルダーバッグが完成しました。すべて本革です。
帆布をベースとしていた初代ショルダーバッグのアップデートです。
「一生使えるもの」という言葉は、
1 そもそも耐久性が高く「丈夫である」こと
2 ずっと使いたくなる「育っていく素材である」こと
3 たとえ壊れても「修理できる構造である」こと
の三つを満たしているという意味で使っています。
「長もちするもの」と「長く使いたくなるもの」は違うこともわかってきました。
機能から見れば使えるけど、みすぼらしくなってしまうものは、ずっと使っていたいと思うものではありません。carapaceは、使うほどにかっこよくなる高品質のヌメ革を選びました。
これまでの製品に使っていたのと同じ上質のヌメ革です。
使うほどにかっこよくなる。
例えるならば、お寺に使われた木材のようなもの。
日に焼かれること、触られること、雨に濡れたりの日々が革を飴色に育てていきます。
ときには、オイルでの手入れで革をしっとりさせるのも嬉しい。
金具に使用しているのは無垢の真鍮です。メッキではないので剥げる心配はありません。
これも使っていくうちに、いい感じのくすみが出てきます。よく擦れるところは光沢がでて、コントラストが楽しめます。
すべて手縫いで作りました。ミシンは使っていません。
手縫いで作る理由は修理を前提としているためです。
革は布を縫うのとは違って、何度も穴を開けて縫い直すことができません。
いったん穴を開けてしまうと、もうそれを塞ぐことはできないからです。
修理で縫直しが必要になったとき、ミシンを使っているとどんどん穴が増えてしまいます。革自体が弱くなります。同じ穴をミシンで縫うことは不可能ではありませんが、決して適した作業とは言えません。
修理することを前提とするなら、当然それに適した作り方で作りたい。
革の手縫いは実は布の手縫いとは随分違います。
まず、穴を開けてその穴を縫っていきます。
糸切れ・パーツ交換で縫直しが必要になっても、手縫いなら糸をほどいて、最初に開けた穴の通りに縫い直すだけです。縫直しに伴う革へのダメージは最小限です。
手縫いでつくるからこそ「修理できます」と自信をもって言うことができます。
穴の開け方はいくつかありますがこのショルダーバッグは、ハトメ抜き(穴あけポンチ)という工具であけています。
すべて穴の位置は、型紙上で決まっています。
このショルダーでは724個の穴を開けますが、位置はミリ単位で決まっています。
ハトメ抜きでの穴あけは少し厚めの革をこの形にするために構造上とった手法です。
穴の位置が正確に決まっているので、たとえ一つの革のパーツが破損し交換が必要になった場合でも修理が容易になっています。
交換するパーツの穴あけ位置も正確に決まっているからです。もし、穴の位置をおおまかにしか決めていないと、修理の度ごとに穴の位置や個数の確認が必要になり作業が煩雑になります。
革を「縫う」という言葉を使っていますが、わたしがこのショルダーを作っているときの気分はすこし大げさに言うと鉄工の作業に似ています。
ボルトの太さを決め、穴の位置と大きさを決め、かっちりとした構造を築いていくように、穴の位置と大きさを決めています。
なお、穴あけ加工には菱目打ちという道具も使いますが、菱目打ちの場合は「穴の形を抜く」というよりは「革を引き裂いて穴を開ける」ことになり、作業感が大幅に異なります。
菱目打ちの作業感は「縫う」のに近いです。このショルダーバッグのような厚めの革で立体的な「かっちりとした」構造の製造や修理にはあまり適していないと判断しました。
大事に使ってきたものが修理のできないと悲しいものです。
carapaceは可能な限り修理ができるように考えて作ってきました。
ところが、予想に反して修理の依頼はそれほどありません。
買っていただいた方に聞いてみると、購入以来なんの問題もなく使えている方も多いようです。
修理に適した構造を考えることと「丈夫さ」は、相性がよいものだということがわかってきました。
「手縫い」はその一つの例です。ミシンよりも太い糸でしっかり縫うことが簡単にできます。ミシンでは縫いにくかったり、修理が難しい構造も手縫いなら可能だということもあります。
素材の面でも修理と丈夫さは相性が良いのです。
修理して長く使いたくなるような「育っていく」素材である本革は、同時に丈夫な素材でもありました。
長く使いたくなる。壊れても修理したくなる。
そんな製品を目指してこれからも作っていきます。
デザインのコンセプトは「抽斗(ひきだし)をそのまま持ち歩く」。
carapace初代ショルダーバッグそそのまま継承しました。
抽斗のイメージのなかでも大事にしたことが、四角い形状。
ただの小さなカバンではなく、
ノートや本を入れても問題なくホールドしてくれるかっちりした形状。
この形をどうやって出すかが最初の大きなハードルでした。
ショルダーの下部の四隅がしっかり四角い形で作れたときは、
これでなにかになるかもしれないとほっと一息。
一応の目処がたってから、革の厚みの調整を何度も行いました。
一番使いやすい厚みはどれくらいか。
革が厚すぎると内側が狭くなってしまい使いにくく、
薄すぎるとグニャっとして安心感がなくなります。
試作を重ね一番モノを入れやすく、安定感もある厚さに仕上げました。
革製品を作ってきて大事だと気付いていたのは、触ったときの質感です。
一度ぜひ本体を上からつかんで欲しいと思いますが、
こうつかんだときの感触がとても気持ちいい。
用途や大きさに対する革の厚みというものを文字通り肌で感じるのだと思います。
厚みが整うと感触がいいとも言えるし、感触がいいと厚みが整っているとも言えます。
設計の最初の段階では感触を重視せず、
組み立て可能な厚さや形状を保持できるだけの十分な厚みを考慮して厚みを決めます。
最終段階で、触ったときの触り心地を頼りに厚みを微調整しました。
革に関して言えば、触り心地というのが大きく使いやすさと関わっています。
縫い糸の太さ、穴の大きさ、穴と穴の間隔を決めるのにかなりの量のサンプルを作りました。
このショルダーに合う組み合わせを探すためです。
野暮ったくなく、繊細すぎず、ちょうどいい組み合わせを選んでいます。
今までの製品は縫い糸の色を選んでもらっていましたが、
「生成り」のみの製造を決めました。
「生成り」は染色していないという意味です。
ヌメ革もまた染色していない牛の革です。
糸というのは革に比べればどうしても消耗品で全く同じように考えることはできませんが、生成りの糸が革とともにここから始まっていくイメージを持ち選びました。
染色したものはどうしても色あせしますが、生成りはそういうことがありません。
何年も使って飴色に育った革を修理することがあれば、
白っぽい生成りの糸がきれいに映えるだろうことも楽しみです。
A5サイズのノートや、一般的な財布、文庫本が入る大きさです。
ポケットはありません。
長く使いたいことを考えたときに小さなポケットはかえって邪魔になることがわかってきました。
スマートフォンの大きさは数年で変わってしまう。ペンを買い換えても大きさが変わる。
入れるものに合わせて「使いやすくぴったりのポケット」をデザインしても、いずれ合わなくなってしまいます。
使えないポケットがあるのは意外に煩わしいのです。
バッグ自体はシンプルにしておいて、使う人が必要に合わせてペンケースなどでアレンジするほうが、結局は「長く快適に使える」と判断しました。
価格
48,000円(税込み)
本体(外側のサイズ)
A5サイズのノート、一般的な財布、文庫本などが入ります。
工房にきて注文していただく場合は、ストラップの長さ調節が可能です。
重さ 約400g
牛ヌメ革、麻糸、真鍮金具